今年も毎年恒例のプロ野球ドラフト会議が10月に開催されます。
50年を超える歴史があるドラフト会議の中で、かつて史上最年少で指名された選手がいました。
当時中学生の辻本賢人・元投手です。
世間を驚かせたサプライズ指名。鳴り物入りでプロ入りした辻本元選手ですが、その後はどうなったのでしょうか。
ドラフト会議で中学生指名の2004年を覚えてる?
涌井、ダルビッシュ投手ら投手の当たり年となった2004年秋のドラフト会議。阪神タイガースは、自由枠で現在も活躍する能見篤史投手らを指名。そして8巡目で指名したのが辻本賢人元投手でした。
辻本さんは1989年、兵庫県の出身。少年時代は地元の硬式野球ボーイズリーグに所属し、ピッチャーとしてプレー。
現在メジャーリーグで活躍し、中学生時代は「強肩の捕手」だった田中将大投手とはチームメイトだったそうです。また当時、ライバルチームにいたダルビッシュ有投手とは何度も試合で投げ合ったとのことです。
チームは全国大会で3位に入る強さに。その後辻本さんは、中学1年生のときに単身アメリカに渡り野球の腕を磨きます。地元チームでは全米大会に出場するほどの活躍ぶり。ピッチングを見た米国のプロ選手が「この子は本当に14歳なのか」と驚いたほどだったそうです。
日本の中学生では3年生に相当する15歳のとき、カリフォルニア州のハイスクールで義務教育の9年生課程を修了。
その年に阪神にドラフト指名を受け、入団しました。
突如現れた新星に世間の注目が集まり、脚光を浴びてのプロ入りでした。
しかし、その後のプロ野球での道は険しいものでした。
2005年は2軍で5試合に登板したものの、06年は体作りなどの基礎固めに専念するため実戦登板の機会はありませんでした。
同学年の選手が高卒でプロ入りしてきた07年は2軍で9試合に登板し、防御率3.24。翌年も2軍で11試合に登板して防御率3.65という成績を挙げましたが、 その年のオフに育成選手契約となります。
09年は腰の疲労骨折もあり登板機会がなく、1軍に上がれないまま10月、ついに球団から戦力外通告を受けました。
辻本賢人さんはこの年、合同トライアウトを受け他球団との契約を目指しますが、当時の球速はわずか130km程度。
スカウト陣からは「球が遅すぎる」「フォームがバラバラ」などと厳しい指摘を受け、契約には至りませんでした。
まだ20歳の若さで、辻本さんはプロ野球引退の瀬戸際に立たされたのです。
15歳で指名され、一軍は上がれず。辻本賢人「阪神に入ってよかった」#numberweb #プロ野球 #npb #阪神 #タイガース #hanshin #tigers #辻本賢人 https://t.co/HouNXW519J
— Number編集部 (@numberweb) January 29, 2017
その後辻本賢人はどうなった?
ドラフト会議史上最年少という中学生の年齢でプロ入りした辻本さんでしたが、わずか5年で大きな壁に。
「いくらやりたくても能力がなければ無理だ」と絶望していたとき、声を掛けたのが元阪神投手でメジャーでも活躍した藪恵壹さんでした。
「思い切ってアメリカでやってみよう」と誘われ、その後二人で渡米。投球フォームの改造などに取り組み、独立リーグのトライアウトでは阪神時代を超える球速146kmを記録。ドラフト指名を受けて入団しました。
上手投げから横投げに変えたことが奏功し、試合では球速はさらに151kmまで上がり、主力の中継ぎ投手に。32試合に出場し防御率2.88と活躍しました。
辻本さん自身「人生で初めてケガなく1シーズン投げられた」という充実した1年でした。
翌11年にはさらに希望の光が差します。
メジャーのレイズのトライアウトを受ける機会が転がりこみ、辻本さんは武器の速球で3者3振の快投。
結果は不合格だったものの、スカウトは「お前はマイナーに行くべきだ。俺が必ず入れてやる」と断言。
言葉通り、その年ついにニューヨーク・メッツとのマイナー契約に成功します。
ただ、残念ながら辻本さんの夢の階段はここまででした。メッツでは右肘を故障して手術を受け、試合での活躍もかなわず、その後13年に現役を引退しました。
引退決意後、渡米を誘ってくれた藪さんに電話し「やるだけやりました」と報告。
藪さんは「マイナーだって入るのはとても難しい。あの年代の日本人でMLB傘下チームに入れたのは彼だけ。胸を張っていい」とその野球人生をたたえています。
辻本賢人さんは長年の米国暮らしの経験を生かし、現在は翻訳業をしているそうです。
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— Number編集部 (@numberweb) November 9, 2016
ネットの反応
出典:twitter
まとめ
今年、辻本さんの足跡を再び歩く少年が現れました。
同じ関西出身の16歳の結城海斗投手が、メジャーのロイヤルズとマイナー契約したのです。
結城投手は今春中学を卒業したばかりで、日本の高校へは行かずに渡米しメジャーを目指します。
契約期間は7年間。結城投手は「甲子園より早く米国で野球がしたい。チャンスはそうない」と決断したそうです。
ロイヤルズのスカウトも「慌てずじっくり基本の体づくりから。順調なら5年くらいでメジャーのキャンプに招待されるのでは」と期待していました。
野球の夢の道のりも人それぞれ。成功を祈りたいと思います。
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